おまえは化学をならったろう、水は酸素と水素からできているということを知っている。いまはたれだってそれを疑やしない。実験してみるとほうとうにそうなんだから。けれども昔はそれを水銀と塩でできていると云ったり、水銀と硫黄でできていると云ったりいろいろ議論したのだ。みんながめいめいじぶんの神様がほんとうの神様だというだろう、けれどもお互ほかの神様を信仰する人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。けれども、もしおまえがほんとうに勉強して実験でちゃんとほんとうの考と、うその考とを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰は化学と同じようになる。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、いいかい、これは地理と歴史の辞典だよ。この本のこの頁はね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。紀元前二千二百年のことでないよ、紀元前二千二百年のころにみんなが考えていた地理と歴史というものが書いてある。
だからこの頁の一つが一冊の地歴の本にあたるんだ。いいかい、そしてこの中に書いてあることは、紀元前二千二百年ころにはたいてい本当だ。さがすと証拠もぞくぞく出ている。けれどもそれが少しどうかなとこう考えだしてごらん、そら、それはつぎの頁だよ。
紀元前一千年。だいぶ、地理も歴史も変わってるだろう。このときにはこうなのだ。変な顔をしてはいけない。ぼくたちはぼくたちのからだだって考えだって、天の川だって汽車だって歴史だって、ただそう感じているのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょにすこし心もちをしずやかにしてごらん。いいか。
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